原爆投下前の広島の街並復元模型 日々の営み

8月6日(2015)8時15分。70年目を迎えたの広島原爆の日。
事務所のパソコンで、蝉の鳴き声の混じる平和記念式典を見ながら、核兵器の無くなる日を願いつつ黙祷。

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昭和20年(1945年)8月11日撮影 原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)周辺/国土地理院

上は原爆投下後の8月11日に撮影された原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)周辺の航空写真。

下は原爆投下前の爆心地を中心とした半径500mの広島市の街並復元模型(1/200)。
写真の上部の川縁に原爆ドームが建っていて、T字型の橋が原爆投下の目印とされた相生橋。現在、平和公園となっている場所にも多くの人が住み、働き、学び、食べ、歩き、集い、歌い、踊り、語り、祈り、休息する・・・そんな普通の生活が日々営まれる木造住宅の街並が広がっていました。

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相生橋の上流から、現在、平和公園となり、平和記念資料館(設計:丹下健三)が建つ中州を見る。左に原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)が見える。

>>関連ブログ2010.1.9 丹下健三と平和公園

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この広島市の街並復元模型は、原爆投下から40年目(1985)だった大学4年のとき、当時所属していた建築学課程の歴史意匠研究室にNHK広島放送局から依頼があり作ったものです。
原爆投下前に米軍が撮影していた2枚の写真が見つかり、それを特殊な機械を使って立体化して見ながら図面化し、多くの人の手を借りながら1/200のスケールの模型にしたのもです。最後はNHKに泊まり込み、撮影用に組まれた傾斜した台の上に、一軒一軒並べて完成させた思いで深い模型でもあります。(石井正博)

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原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)や建築家ヤン・レツルについて詳しく知りたい方
>>arch -hiroshima 原爆ドーム/旧広島県産業奨励館

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